水素脆化とは何か。メッキ後の突然破断を防ぐために

水素脆化とは何か。メッキ後の突然破断を防ぐために|有限会社アルプス 技術コラムコラム

先に結論

  • 水素脆化(すいそぜいか)とは、鋼の内部に侵入した水素原子が結晶粒界に集まることで、材料の延性・靭性が著しく低下し、本来の引張強度よりはるかに低い応力で突然破断する現象です。
  • 「水素脆性」「遅れ破壊」とも呼ばれます。

この記事を書いている会社

有限会社アルプス(東京都荒川区)は、1993年に自動車用の特殊工具の設計・開発から始まった機械工具の商社です。金属加工品の製作も手がけています。

この記事の立場
お客様の図面を預かり、協力工場で加工品を製作する側から書いています。
加工
国内(新潟三条が中心)と中国・上海の協力工場が受け持ちます。
窓口
表面処理や材料のご相談から出荷まで、当社ひとつです。

なぜ水素が鋼を脆くするのか

水素脆化は「水素の侵入 → 鋼内部での移動と濃縮 → 破断」という3段階で進みます。

水素が鋼内部に侵入し粒界に集まる模式図を、文字で示すと次のとおりです。

  1. 酸洗・メッキ浴:水素イオンが大量発生 → 鋼へ侵入
  2. 鋼(断面)、結晶粒界の模式図:粒界にHが集中 → 亀裂発生(粒界破壊)
  3. 応力集中部で急速に進展し破断
  1. 水素の侵入(酸洗・電解工程)
    電気亜鉛メッキの前処理として行う「酸洗」(塩酸や硫酸で酸化膜を除去)や電解脱脂工程で、陰極から水素が大量に発生します。鋼の表面から水素原子が内部に侵入します。
  2. 鋼内部での拡散と濃縮
    侵入した水素は鋼の結晶格子内を拡散し、応力が集中している「結晶粒界」や「介在物」の周辺に集まります。高強度鋼(硬度が高い材料)ほど水素の拡散速度が遅く、粒界への濃縮が起きやすい傾向があります。
  3. 粒界破壊(遅れ破壊)
    粒界に集中した水素が粒界の結合力を弱め、本来の引張強度より低い応力(ボルトの締め付けトルク程度)でも亀裂が発生・進展します。メッキ直後ではなく、数時間〜数日後に突然起きる「遅れ破壊」が特徴です。

材質・硬度別の水素脆化リスク

水素脆化のリスクは材料の引張強度(硬度)に強く依存します。高強度・高硬度になるほど急激にリスクが高まります。

材質の目安硬度・強度の目安リスクレベル電気亜鉛メッキ時の対応
SPCC・SS400・S20CHRC15以下
Hv150以下
低い通常のメッキで問題なし。ベーキングは通常不要
S35C・S45C(焼きなまし)HRC20〜30
Hv200〜300
やや低い通常対応可。高応力締結部品はベーキング推奨
S45C(調質)・SCM415HRC28〜35
Hv280〜350
中程度ベーキング実施を推奨。図面への明記が望ましい
SCM435・SCM440(調質)
高強度ボルト(10.9T)
HRC35〜42
Hv350〜430
高いベーキング(190〜230℃×8〜24h)必須。図面明記
SKD11・SKH51(焼入れ)
超高強度ボルト(12.9T以上)
HRC42以上
Hv430以上
非常に高い電気亜鉛メッキの適用は原則回避。黒染め等を検討

水素脆化を防ぐ方法

発生原因と起きやすい条件

酸洗工程の長時間処理

錆や汚れが多い素材ほど酸洗時間が長くなり、水素の侵入量が増える。

発生原因と起きやすい条件

高硬度材への電解脱脂

陰極電解での水素発生量が多い。陽極電解の採用で軽減可能。

発生原因と起きやすい条件

メッキ後の放置

メッキ直後4時間以内にベーキングしないと、水素が粒界に固着しやすい。

発生原因と起きやすい条件

締め付け応力・残留応力との相乗

組み付け後の締め付けトルクが引き金となって遅れ破壊が発生することが多い。

防止・対処の選択肢

ベーキング(脱水素処理)

メッキ後4時間以内に190〜230℃で8〜24時間加熱。侵入した水素を外部に放出させる(JIS H 8625規定)。

防止・対処の選択肢

表面処理の変更(黒染め・無電解Niなど)

電気亜鉛メッキを避け、アルカリ系の黒染め処理や無電解ニッケルメッキを選択する。

防止・対処の選択肢

ショットピーニング

表面に圧縮残留応力を付与し、水素による亀裂の進展を抑制。高強度ボルトに有効。

防止・対処の選択肢

図面・仕様書への明記

「電気亜鉛メッキ後ベーキング処理実施」と仕様書に明記しないと、処理業者がベーキングを省略する。

ベーキング(脱水素処理)の標準条件

  • 処理温度:190〜230℃(JIS H 8625 / ISO 9587)
  • 処理時間:8〜24時間(硬度が高いほど長時間を推奨)
  • 実施タイミング:メッキ完了後4時間以内に開始すること

注意

HRC42以上の超高硬度材はベーキングを行っても完全に除去できないことがあるため、電気亜鉛メッキ自体を避けることが推奨されます

実際に起きやすいトラブルと回避策

トラブル事例

高強度ボルト(10.9T)の締め付け後破断

SCM435製の高強度ボルトにユニクロ(または三価クロメート)メッキを施したところ、組み付け後に規定トルクで締めたら折れた。原因:ベーキングなし、または不十分。

トラブル事例

焼き入れシャフトの使用中の割れ

S45C調質材のシャフトにメッキ後、数日〜数週間後に突然割れた。遅れ破壊の典型例。応力集中部(ねじ部・段差部)から破壊が始まることが多い。

回避策

高硬度材は黒染めに変更

SKD11・SKH51などの工具鋼、HRC40以上の焼き入れ材は電気亜鉛メッキを避け、黒染め+防錆油に変更。水素脆化リスクをゼロにできる。

回避策

図面に「ベーキング必須」を明記

SCM435ボルト等でどうしてもメッキが必要な場合は、図面に「電気亜鉛メッキ後ベーキング処理(200℃×8h以上)を実施すること」と記載する。

回避策

無電解ニッケルメッキへの変更

防錆性と耐摩耗性が必要な場合は無電解ニッケルメッキ(Ni-P)を検討。電解工程がないため水素発生量が少なく、高硬度材にも比較的適用しやすい。

設計のポイント

応力集中の少ない形状設計

ねじ谷底・段差・穴周辺は水素が濃縮しやすい応力集中部。Rを大きくとる、断面変化を緩やかにするなど、設計段階でリスクを下げることも重要。

まとめ:水素脆化を防ぐための要点

やってはいけないこと

  • HRC35以上の高硬度材に、ベーキングなしで電気亜鉛メッキを適用
  • 図面・仕様書にベーキング指定を記載しない
  • メッキ後4時間以上経過してからベーキングする
  • HRC42以上の超高硬度材に電気亜鉛メッキを適用する

正しい対処の原則

  • 高硬度材(HRC35以上)はメッキ後即ベーキング(4h以内)を原則とする
  • HRC40以上の材料は黒染め・無電解Niへの変更を検討する
  • 図面・仕様書にベーキング条件を必ず明記する
  • 遅れ破壊は数日後に起きることも。締め付け後も一定期間は観察する

有限会社アルプスでは、表面処理を含む機械加工品の調達・仕様相談を承っています。「この材質にどの表面処理が適切か」「ベーキング管理は対応できるか」など、図面段階からご相談ください。